みんなの樹木葬

願修寺の歴史

小田原北条氏ゆかりの古刹

願修寺は創建から600年以上の歴史を持つ寺院です。元々は真言宗の寺院として建立され、応永十四年(1407年)に禅宗に改宗されました。永禄三年(1560年)、上杉氏と長尾氏の連合軍による小田原攻めの際に建物が焼失しましたが、小田原北条氏第三代当主である北条氏康の正室、瑞渓院が願修寺の薬師如来を信仰していたことから、小田原城内に薬師如来を勧請し、新たに寺院が建立されました。現在は岩山レオ知実住職がお寺を守り、本堂を新しく建て替え、人々の心身の健康のための坐禅プログラムを主催するなど、時代に合ったお寺づくりに邁進されています。

願修寺の活動

坐禅を通じて働く人々の心身の健康をサポート

岩山レオ知実住職は、Flying Monkという企業向けの坐禅プログラムを主催されています。Googleや凸版印刷でも取り入れられている坐禅について、岩山住職にお話を伺いました。

岩山住職:禅だけでなく、瞑想自体が5000年以上前からあって仏教よりも古いんです。ヨガとかマインドフルネスとか瞑想とかメディテーションとか坐禅とか禅とか、色んな名前がついてますけど、基本的にはどうやって幸せに生きるかという羅針盤のようなものなんですよね。今それが必要かと言われますと、社会全体が現実世界やネット上の世界のことでストレスを感じやすくなっていて、時には自分を偽ってしまったり、人に批判をされたり批判したり、当たり前のことですけどやっぱり気にしちゃうんですよね。人目を気にしちゃう。

なので坐禅では何も気にしなくていい時間を与えたいと思っています。何も気にしなくていいんだよ、自分のことも気にしなくていいんだよ、自分の欠点も気にしなくていいよって、 自分のいいところも悪いところも全部気にしなくていい。そういう時間を人工的につくるトレーニングですよね。

何も気にしなくていい時間っていうのが幸せな時間なんですよ。求めずに幸せであれる、求めなくていい時間ってすごく楽なんです。我々は子供の頃、学校に行っている時からとにかく何かを求めなきゃいけない、何かにならなくちゃいけないと、常に何かを追い求めてるわけじゃないですか。だからそういう思考回路から一旦離れて、「足りている」ということに対して目を向けていく。


――足りている部分にフィーチャーするんですか?

岩山住職:何かを求めるというのは「である」ということの反対なんです。幸せを求めているというのは、幸せじゃないという言い方もできるわけですよね。だからその求めない時間、要するに足りているという事にフォーカスしていくことも大事にしていますね。

一般的な幸せというのは、科学的に言えばドーパミンとか快楽に近いものがあるんです。何かを得て幸せ、これを飲んで美味しいとか幸せとか、それって一種の快楽であって、幸福だけれどもすぐまたなくなる。ふっと来てふっとなくなる。結局その連続なんです。追い求めてお金を稼いで、やった!  と思う。そうしてまたふとするとなくなる。そしてまた求める。外からの幸せだけじゃなく、内から出る幸せ、何も加えなくていいんだよ、今のままでいいんだよ、今のままでいいっていうのを体感していく。それは一歩踏み込めば自分が生きているという実感ですよね。自分が生きているという実感を与えることによって、深い幸せを感じる。

そういうことを企業さんとかに提案しています。みんな数字を求めなくちゃいけなくて、すごいストレスを抱えてるわけですから、だからこそバランスをつくろうよって。部下とか上司とか社長とか、みんなその鎧を一回脱ぎ落として、ただ静かに呼吸をしようと。それがバランスになっていくんですよね。そうやって整えていくことができれば、求める気持ちも健全になってくるわけです。

――やっぱり働いてる方にこそやっていただきたいなっていうのはありますか?

岩山住職:そうですね。 後は禅語を紹介したりしています。 「脚下照顧」とか、いわゆる禅的考え方ですよね(自分の足元をよくよく見よという意)。一般的な人の考え方とは違ってくる部分があるので、そういうことも共有して、生きることのヒントになればいいなと思っています。

住職の想い

願修寺や住職ご自身の活動について、運営チームがインタビューしました!

Q:まず、岩山住職の生い立ちと、僧侶になった経緯をお聞きしてもよろしいですか?

私は父がドイツ人で母が日本人です。日本で生まれましたが、生後半年でドイツに移り、高校までドイツで過ごしました。お坊さんになった理由はですね、実はまったく興味はなかったんです。ただきっかけとしては、父がドイツ人でありながら坐禅をしていたんです。3回くらい家を引っ越しているんですが、引っ越すたびに庭に御堂みたいなものをつくって、そこで坐禅をしていました。それで私も小学校1年生くらいの時から、よくその御堂で坐禅を組まされていました。両親が共働きだったので、親が帰ってきて夜になると父と一緒に坐禅をするという……小さい頃から坐禅は僧侶なみにしていたような気がします(笑) 私には3歳年上の兄が1人いるんですが、その兄が中学生くらいの時に、父が学校の休みを利用して修行道場に入れたんですね。兄はもう二度と行きたくないと言っていました(笑) それで次は私の番だったんですが、実は私は高校時代それなりの不良で、その更生の意味もあって高校1年生の夏休みの2ヶ月間修行道場に行かせてもらったんですが、私はその時に「これ良いな。これをやりたいな」と思いました。もう直感的に。すごく良い経験でしたね。

――直感的にというと?

多分、色々と悩んでいたんじゃないでしょうか。父がドイツ人で母が日本人、ハーフで外国人なのにドイツに住んでいる――私は器が小さくて、すごく人目を気にしていたので、そういった自分を取り巻く環境に劣等感があったんだと思います。 でも、坐禅をする時はそういった隔たりがなくなるんですよ。国籍も外見も、お金持ちだろうが貧乏だろうが、すべての隔たりがなくなるんです。それを直感的に感じて、惹かれたんじゃないかと思います。 その修行道場に行ったのが高校1年生の夏休みだったんですけれど、僧侶になりたいという気持ちが芽生えて、帰って来てから頭を坊主にしました。

――気合いが入っていますね。

ただ、ドイツの高校は4年生まであるので、修行に行ってから3年も経つと、高校卒業してすぐにお坊さんになろうと思っていた気持ちが薄れてくるわけです。母は教育熱心な人だったので、「本当に大学に行かなくて良いの?」と圧をかけてきたりして。その時に兄が日本の大学に入っていたので、私も日本の教育を受けてみたいなと思い、結局その時点ではお坊さんにならず、日本の大学に進学しました。大学に行った理由としては、勉強したいというより「この4年間で必ず自分のやりたいことを見つけよう」というミッションで入学しました。 大学では経済とかビジネスとか国際政治とかそういう勉強をしていたので、事業を起こしてみたりとか、ボランティアをやったりとか、でもやっぱりふとした時に坐禅のことを思い出して坐禅をしに行ったら、やっぱりこれだなと。一度離れてみて再確認できました。 実はその頃、私の書いた政治関係の記事が新聞に載って、それを読んだ神戸の実業家の方からお声がけがあったんです。「俺の弟子にならないか」と。いつか会社を引き継いでもらいたいと。ドイツから親も来て家族全員でその実業家の方と会って、弟子になって事業を引き継ぐという話になりました。それが大学1年生の時です。

――ヘッドハンティングということですね。

そうですね。その実業家の方はすごく立派で尊敬できて素晴らしい方だったんですけど、なんというか、あまり幸せに見えなかったんです。私はそのことが引っかかってしまって。その方に虚しさが垣間見えたというか。 それが気になって他にもいろんな方たちと会ってみたんですが、どれもしっくりこなかったんです。それで修行道場に行ってみたら、そこにいらした80歳くらいの指導役の老僧がすごく幸せそうで、もうこれだ、自分にはこの道で確定だと。

――すごく成功されている実業家より、老僧の方が幸せに見えた。

そうです。呑気な雰囲気のお爺さんの方が、断然幸せに見えました。なので修行道場に入って、この人について学んで坐禅を極めること、坐禅を通して幸せになることがひとつのミッションだと思いました。 修行道場に正式に入るためにはお坊さんにならなければいけないので、それじゃあ出家しようと。いろんな反対がありましたけどね。大学のゼミの先生とか、祖母とか。私が入った学部は設立されて間もなかったので、新卒でお坊さんになる生徒も初めてで、学部初の出家者でしたから、学部長にもすごく心配されました。 そんな感じでしたが、何故か私の中に仏縁が宿っていて、お坊さんになりました。妻とは大学時代から付き合っていて、6年間の修行の間いろいろありましたが、待っていてくれました。

――願修寺の住職になったきっかけを教えていただけますか?

実は、修行5年目の時に、もう道場を出ようと思ったことがありました。でも道場を出て入れるお寺が見つからなくて、6年目になった時に修行道場の同期から、実家のお寺が兼務している小さなお寺があるんだけれど兼務を続けるのも大変で、もしそこに入ってもらえたら有難いという話が出たんです。

Q:願修寺の特徴、檀家さんや訪れる人の声、ご住職が感じていることなど教えていただけますか?

お寺としては「訪れやすい」、「親しみやすい」、「わかりやすい」そんな感じでしょうか。 訪れやすいというのは敷居がそんなに高くないという意味です。「来る者拒まず去る者追わず」というスタンスで皆様をお迎えしていますので、条件付きのお付き合いとかではなくて、「誰でもオープンに受け入れています」という感覚が強いです。 「わかりやすい」というのは、私は外国育ちの上一般家庭で育って、最初は仏教についてわからないことばかりだったので、わからない人の気持ちがよくわかります。「何で戒名をつけなくちゃいけないんだろう?」とか「何でお葬式をするの?」、「何のためにお経を唱えるの?」、「亡くなって本当に極楽はあるの?」とか、疑問は何でも受け止めたいですね。願修寺に来られる方は完全に受け入れてあげたい、そういう気持ちでいます。 あと、うちのお寺は強制しないんですよね。お参りをしなさいとも言わないし、仏事についてもそうです。お寺は確かに仏事を行う場所でもあるんですが、強制はしないです。みんなそれぞれの家庭に事情があるので。だからやりたい人はやって、やらない人はやらなくていいんです。やらないから悪い、やってるから良いというわけでもないですから。なので無理やりのお付き合いは一切ないよ、という風にみなさんにお伝えしています。お参りに行ったらお供えを持って行かなきゃいけないとか、住職に挨拶をしなきゃいけないとか、そういうプレッシャーを与えたくないんです。 それから、親しみやすいのは私の性格ですかね。私はお話しをするのが好きなので、近所の方とかみんなとします。誰とでも話しをしちゃうので、喋りすぎないように気をつけています(笑)

Q:お寺に新しい住職が来るとなった時の周囲の反応はいかがでしたか?

めちゃくちゃ怪しいですよ。何この外国人って。お坊さん!?  そんなはずないでしょって。例えば作務衣と足袋で街中を歩いてたら、ただの日本好きの外国人に見えてしまいますし。

――みなさん逆に声をかけてくれますか?

そうですね、お寺の関係者はみんな住職ってわかっているので。土日は墓地で清掃とかしてるんですが、清掃にならないんです。お参りに来る人たちみんなと話したりしているので。だからそういう意味でも親しみやすいんじゃないでしょうか。「訪れやすい」というのは駅の近くにあるから立地的な意味合いもあるんですが、 お寺からのプレッシャーがあまりないので。

――新しく建てられる本堂や客殿も楽しみですね

はい。みなさん普段からいろんなものを抱えているじゃないですか。願修寺に来たら自分が抱えてる悩みとかストレスとか、そういったものを下ろせるような空間になったらいいですよね。目指すところは極楽というか、そういうお寺がいいですよね 。来てみて別世界だな、極楽みたいだなって思っていただけるような。

Q:周辺の環境についてはいかがですか?

私も後になって知ったのですが、城山という地区は小田原の中の高級住宅街で、すごく閑静なところです。駅から徒歩5分くらいなんですが、すごく静かなんですよ。丘の上だから見晴らしが良いですし。墓地の周りに桜が多かったりして、春になるとお墓でお花見ができるくらいです。 願修寺には現在、既存の樹木葬墓もあるんですが、ご契約いただいている方には東京の方、名古屋の方、静岡の方なんかが結構いらっしゃるんですよ。みなさん趣味が釣りで、早川港に釣りに行くついでにお参りに来ていたりとか。 箱根の入り口でもあるので、自分のレジャーのためだったり、家族とただお参りに来るんじゃなくて、その後新鮮なお魚を食べたり温泉に入ったりとか、そういうこともできて良いなと、私は個人的に思います。お墓参りで家族の絆が深まったら良いよねって。 コロナ禍で家族や親戚で集まることなんか滅多にないじゃないですか。法事ぐらいなんじゃないでしょうか。だからそういう時にこそ、法事以外に楽しめるものが近くにあったら良いなと。東京からは新幹線で30分ですし、小田急線も走ってますからね。近くにバス停があるので、地元の方も来やすいですね。

Q:樹木葬を始めようと思ったきっかけは何ですか?

時代的に、お墓というものはどんどん縮小していくような感覚がありました。大きな石塔はいらないなと思ったりもしていましたし、やっぱり自然から生まれてきて自然に還っていくという循環はいいなと思っています。 ドイツの墓地を見ますと、緑がすごく多いんですよ。逆に日本の墓地は全部が石で殺風景ですよね。 我々禅宗なので禅問答をするんですが、修行道場の5年目ぐらいの時に、ある問答をしたんです。その時の内容はこういうものでした。「人間は亡くなったらどこに行くんだ?」その答えを持って来いって。どう思います?

――土に還るんじゃないでしょうか。

いろんな考え方があると思うんです、キリスト教とかイスラム教とか仏教とか。私は半年間くらいずっと極楽はどうのこうのとか、天国とか考えていたような気がしますけど、結局師匠は「お墓の下に行くんだ」って。自分が死ぬまでそれ以上のことはわからないよって。 色々書籍に書かれていたり推測はされているけど、実際のところは自分が亡くなって初めてわかる。確実なのはお墓の下に行くよねと。じゃあ極楽というのは存在しないのかと言うと、そういうわけでもない。 亡くなった人からしたら、いろんな人がお墓にお参りに来てくれたり、花が植えてあったりすると極楽なわけですよ。だから極楽というのは生きている者が亡くなった者の為に、自らの手で心を尽くして作ってあげることなんじゃないか。じゃあ自分は、亡くなった人たちのためにどんな極楽を作ってあげられるんだって考えたら、やっぱり緑が多くて、静かで、花が咲いていて、まさしくこれが極楽だなと、そういう環境をつくりたいなと思うんです。

――なるほど、亡くなられてる人目線ということですね。

そうですね。だから「小田原の森」が目指すのは、極楽というか天国をここにつくろうと、そういう視点でつくっていきたいと考えています。

Q:今後自分自身だったり願修寺に期待すること。挑戦したいと思っていることを教えてください。

今伽藍を建て直しているので、これから何十年、何百年も残していけるような、そういうお寺づくりをしていきたいですね。今の時代に合ったお寺でもありたいし、10年後にはまた世界は変わっているでしょうから、その時の社会に合ったお寺でありたいです。 光明寺さん(光明寺「裾野の森」松岡広也住職インタビュー)の言葉を読んですごくしっくりきたんですけれども、住職が自分のやりたいようにやるというよりは、人々に必要とされてるものをなるべく手が届きやすいように整備してつくってあげる、お寺の存在意義ってそこだと思うんです。お寺の存在意義というのは、住職のためじゃなくて人々のためのお寺であることなので、その管理人を私がやらせてもらっているという思いです。

――本当に場所づくり環境づくりというところですね。

そうですね。その時代その時代で人が求めるものは変わると思うんですが、だからこそ常に歩み寄っていきたいなと思っていますね。変化に合わせて行きたい。カメレオンのように。母にはいつも「あなたは染まりやすいよね」って言われていました。 短所が長所ということで、必要とされているものに必ず染まります!

――中国の諺に「水は方円の器に随う」というのがあるんですが、それを思い出しました。水の形ってこれというのがあるわけじゃなくて、器によって水の形自体が変わっていくという。

良いですね。水のようですね……心が水のよう。どんな器にも入れるしね。暑かったら蒸発するし、寒かったら凍るし、常温だったら流れるし。自分もそうでありたいですね。


交通案内

願修寺 小田原の森™️

〒250-0045 神奈川県小田原市城山 3-1-29

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バスでお越しの方
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